[草津市歴史文化を育む会]

山崎宗鑑翁屋敷跡 について

俳祖宗鑑翁屋敷跡石碑(市川吉澄家:草津市支那町)

昭和47年10月22日、志那町の市川吉澄氏の門前に「俳祖宗鑑翁屋敷跡」の碑が建てられ、宗鑑翁顕彰会会が主となり、市長、町民と共に盛大に除幕された。
さかのぼること昭和の初め、市川邸の西南隅の境界の高土の中から「天正5年(1577)是より東 政所屋舗」という標石が掘り出された。その後、久保久一郎(萱堂)先生(大萱神社内に弟子により句碑が建立されている)が以前、常磐小学校長であった頃、市川氏と出会われた。昭和20年頃、同家の資料や石標から市川邸が、往昔の志那政所であり、志那城がここであったことを発表され、宗鑑が市川氏の志那氏であり「宗鑑翁屋敷跡」であろうと推察されている。
また、木村善光氏(守山北高校教諭、篤学有為の学徒)は500頁に及ぶ名著『近江の連歌・俳諧』(平成2年刊、サンライズ出版社)の中で、「宗鑑の出自について」として約20頁にわたり論評されている。木村氏は同僚であり友人でもある市川吉澄氏より同家の古文書などを閲覧され、特に同家が近江源氏佐々木氏の末裔であることがしっかり示されている見事な系図から詳細な検討をされている。残念ながら確証は得られなかったが、その中で大物三郎俊信氏と宗鑑尼崎大物陰棲説の関連を発見され市川家宗鑑の志那氏であろうと強く推察されている。詳細は是非、この名著の御一読をおすすめしたい。

(草津風土記/中神良太著 より)