[草津のあんちゃん日記]

社会医療法人「誠光会」・「誠光福祉会」,水野家, 合同葬

社会医療法人「誠光会」理事長 故 水野光邦 儀平成二十四年四月十二日午後三時五十六分亨年七十二歳をもって永眠いたしました。

合同葬を平成二十四年四月二十二日十三時よリ草津看護専門学校体育館において、相営みます。


社会医療法人「誠光会」草津総合病院医院長(葬儀委員長) 桑原 正喜
喪 主 水野 邦彦
弔 辞 社会医療法人誠光会 顧問 竹川 昌一


社会医療法人理事長 故 水野光邦氏のご霊前に謹んでお別れの言葉を申し上げます。

私がご逝去の訃報を頂いたのは 満開の桜花が散るごとく旅立たれた一時間後でありました。

その落胆と悲しみの深さは言葉ではとうてい言い表せぬものでした。

余命いくばくも無いというのも存じておりましたが何とか 一日ても長くと願う毎日でした。

医療の法律が変わり やむなく病院の整備を考慮しなければならない事態となり、旧病院の隣接地の草津市農協本店を買収したいとのご相談とご依頼を頂戴したのが水野光邦理事長との深いお付き合いのきっかけで有りました。


平成十一年に移転地を矢橋地区に決定されてから当矢橋に綜合医療機関 社会医療法人として全国で第二位の認定を認められた草津総合病院の完成に至るまでその敷地確保等のご依頼を受け、水野理事長は重戦車の様にとどまるところを知らず大きな夢と熱意を持って語られる、理事長に 圧倒され 私ながら ご期待に沿う様に懸命に 熱い議論の中で理事長の夢に向かって協力をさせて頂いて参りました。


現在の敷地面積は  四万九千三百九十ニ・七十一?
施設面積は 五万四千七百六十五・三十一?
病床は    七百十九 床で滋賀県一となりました。


ここに到るまでは決して安易ではなく、難題が山積しておりましたが、理事長の内には「諦める」という言葉は無く、前進あるのみの強い意志ある姿勢を私は常に低頭の思いで拝見して参りました。

私が最後にお会いしたのは 三月二十六日でした。

看護専門学校の竣工式開校式のお話しを開校記念品を見ながらしましたら 満面の笑みで喜ばれ

「これからもドクターヘリ。看護師寮。介護施設の構想も考えているのでよろしく」とベットの上で少年のように目を輝かせながら熱く語っていらっしゃいました 。

[誠心誠意を尽し 一隅を照らす光の如く 人びとの幸せをもたらす医療 ] という理念は理事長の信念であり、その夢の実現のため人生をかけ、一筋に取り組まれ輝かしい功績を残されたことは最大の賞讃と尊敬の念に値するものであります。

御存命のときに語り合った夢の続きを理事長の想いでとともに これからも私の命ある限り、社会医療法人誠光会の発展のため微力ながら尽力致しますことをご霊前にお約束致します。

どうぞ水野理事長やすらかにお眠り下さい。

思いは尽きませんが ご冥福をお祈りしお別れの言葉と致します。



平成二十四年四月十二日
社会医療法人誠光会 顧問 竹川 昌一